創作短編小説 逃避
逃げてる最中というのは、何から逃げているのかわからなくなるもので、ようは何に追われているのか。または、何が敵なのかというのを認識する思考回路が著しく低下するものだと思う。
今の私がまさにそんな状況である。
目の前にパソコンがあり、周りから自分を隔てる壁があることにホッとする自分がいる。壁に囲まれていることのよって、何かに守られているのだと安心する気がするのだ。たとえ、ネットカフェの薄い壁だとしても。
今日は、久々の休暇であった。起きてすぐに荷物をまとめ、必要のない荷物は手紙とともに実家に送った。もちろん、失踪するむねを綴った失踪宣言書も一緒にである。これを書いておくことにより、警察に探される確率が低くなる。成人男性が自分の意思で失踪したということは、家出とさして変わらないのである。
会社の方にもぬかりなく、
失踪宣言書を残し、今までのお礼などを綴り、部屋のクリーニング代などをおいて出てきた。
僕のやる気は僕がこの会社に入社する前からズルズルと落ちていた。働く気があまりなかったのだ。ただ、それは、失踪していい理由にはならない。
そもそも、なんで何も言わず出てこようと思ったのか。
やる気がないなら、まだこんな方法をとるよりも、正面切って堂々とやめて来た方が良かったじゃないか。
なんでわざわざこうやって、人の迷惑になるようなことをしたのだろうか。
考えてはいた。考えてはいたが、私はこうやって実行にうつした。結局のところ、自分は何がしたかったのが。心は曇りガラスみたいにモヤモヤとしている。
私は壁の中から出てお手洗いに向った。
トイレに入ると大きな鏡がある。冴えない頭を少しでも回そうと顔を洗う。
そもそも私は、
もしかしたら望んでいたのか失踪することを、私は望んでいたのか?そしたら、なんのために。
鏡を見れば、楽しそうに笑う自分がそこにいた。
私は悟った。
ああ、理由などないのだなと。