これは試練なのか?
自分の遠い知り合いが、お金に困っているらしいと言う噂を聞いた。
なんでも、自分の問題ではなく、他人の問題で困っているらしいのだ。
難しいところだ、
そいつと言うより、その相手が悪いのだろうと思うのだが、
よくよく聞くと、そいつもまた誰かのために金に困っている状況。
金の問題は難しい。
そこの連鎖に参入してまで助けてやろうとは、俺は思えない人間なんだ。
皆、優し過ぎるのかもしれない。
遠い知り合いみたいに、窮地に陥ってまで人を助けようとは、今の俺には思えないのだ。
昔の俺なら、困ってる奴をみたらなんだかんだ助けちまうのかもしれないけど、今の俺はそういうことできないと思うんだ。
いつからこんな薄情な人間になっちまったのか、わからんが、今の俺ははっきり言って薄情だ。だから、そいつはすごいと思うんだ。誰かを助けられるということは、じぶんがどんな状況にあれすごいことなんだ。共倒れちゃ意味がないんだがな。
そいつには、助けたい奴がいて、助ける実行力があったんだ。
そいつが数年後、普通に生きることができて、今の状況に勝つことができたなら、俺は聞きたいことが沢山あるんだ。
何を考えて、何を希望に生きていたのか。生きた心地はしたのか。そこまでして助けたい相手だったのか。そいつがどう歩んだのか、いや、どう歩んでいくのかを見ていたい。
こうやって、人の災難を他から眺める俺は非道だろうか。
人の生き様に惹かれると言うか。今回は、たまたま遠い知り合いだったんだけど。もともと、じぶんは、人の生き様に惹かれる人間で。この非道っぷりも、溢れ出る興味による物なんだよね。ある種、じぶんではどうしようもない物というか。抑えようがない物というか、致し方ないから放って置いている物なんだよね。
俺は、人が生きているのを見ていたいんだ。たぶん。
だから、色んなところに出向くんだ。
目の前で起こっていることを傍観することが、どれだけ非道だと罵倒されても、俺はこれからも見続けるんだと思う。