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家族について考えることがあったので書いておこうと思う。
家族の定義をなんとするかは、個人の好き好きで、血のつながりを言う者もいれば、心のつながりだと言う奴もいるだろう。
どちらにせよ、家族は家族である。
俺としては、いざという時に助け合えるのが家族であると考えたい。
で、トグル氏の一族を振るいにかけた結果、本当に困った時に助けてやろうと思うのは妹のカケル氏だけであった。
そもそも、うちの親は再婚している。母さんは俺の助けなんかいらないのである。だから、再婚なんてしたんだ。お相手様様と助け合いでもなんでもしてくれればいい。
親父にかんしては、そもそも他人である。
ほかも振るいにかけてみた。ばあちゃんと母さんはなかが悪い。実の親子なのにもかかわらず、なかが悪い。ばあちゃんは孫である俺やカケルに、あんたらの母さんは育て方を間違えたと言った。
じゃあ、その子供の俺たちってなんなのだろうか。親戚の葬式で些細なことで騒ぎ立てる大人ってなんだろうか。人が1人死んでいるのだ。大変な事は五つのガキでもわかる。葬式に来てやったんだと偉そうに飯を食い散らかしてのさばる年寄りの親戚が大嫌いだ。あいつら、悲しんでなんかいやしないんだから。
よくよく、話を聞いていてみれば、俺の家族だったものの因果因縁は、一族レベルでのことらしい。
俺にはこの人の集合体が家族である意味も理由もないと思ったのだ。
わがいちぞくは、助け会えない酷い一族である。
俺には理解出来ない。
家族だと思えない。
だから、もうこんな家族は繰り返してはいけないとおもう。だから、俺は家族をしっかり愛して助けていきたいのだ。
家族は愛するものである。無償で愛するものである。無償で助け合えるのが家族。俺はそう思いたい。
俺が18年過ごしてきた家族と言うコミュニティは、かりそめに家族にほかならなかったのだ。
俺たちは